内村鑑三「一日一生」メモ・十二月十四日
国立国会図書館のデジタルコレクションで公開されている、内村鑑三の「一日一生」を、一日一ページづつ読んでいます。
本書で一日ごとに引用されている聖書のことばについては、Wikisauceの文語版聖書、および、口語訳聖書を参照し、そちらに差し替えています。
また、読みやすいように、ある程度、新字新かな表記に、あらためてみています。(目下試行錯誤中です)
十二月十四日
然どヱホバ言たまふ 今にても汝ら斷食と哭泣と悲哀とをなし心をつくして我に歸れ
汝ら衣を裂かずして心を裂き汝等の神ヱホバに歸るべし 彼は恩惠あり憐憫ありかつ怒ることゆるく愛憐大にして災害をなすを悔たまふなり
(ヨエル書 第2章 12-13節)
主は言われる、「今からでも、あなたがたは心をつくし、断食と嘆きと、悲しみとをもってわたしに帰れ。あなたがたは衣服ではなく、心を裂け」。あなたがたの神、主に帰れ。主は恵みあり、あわれみあり、怒ることがおそく、いつくしみが豊かで、災を思いかえされるからである。
(ヨエル書 第2章 12-13節)
キリスト教は西洋の宗教にあらず、また東洋の宗教にあらず。
キリスト教はこの世の宗教にあらず、天国の宗教なり。
キリスト教を解するの困難は、あるいはギリシャ哲学をもって、あるいはインド哲学をもってこれを解せんとするにあり。
キリスト教はこの世の哲学をもってしては到底理解し得ざるものなり。
「イエス曰(い)いけるは、人もし新たに生まれずば神の国を見ることあたわず」と。新生の恩恵(めぐみ)にあずからずして、東洋の儒者も西洋の哲学者もキリスト教の何たるかを会得する能わず。
バチカンがヨーロッパにあるので、キリスト教はどうしても西洋のイメージが強いですが、そもそも地上の文化に由来するものではないと、内村鑑三は書いています。
ここのページを書き写してから、ふと思いついて調べてみたのですが、インドでは、ヒンドゥ教、イスラム教に続いて、キリスト教の人口が多いのだそうで、一千万人以上のカトリック信者がいるのだとのこと。
ちょっと意外に感じましたが、考えてみれば、マザー・テレサが活動していたのはインドでしたし、世界第二位といわれるインドの人口を考えれば、不思議ではないのかもしれません。
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